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    池田 大作1928年1月2日 - )は、日本の宗教家、作家

池田 大作1928年1月2日 - )は、日本の宗教家、作家。宗教法人・創価学会の名誉会長、SGI会長。 山本 伸一、法悟空のペンネームで作家活動もしている。

創価学会乗っ取り疑惑

池田が戸田会長の死後、混乱に乗じて創価学会を乗っ取ったとされる疑惑。戸田が死去した際、池田は青年部の参謀室長という役職であったものの、創価学会の理事ではなかった。

当初理事会は、暫定的に末端会員や理事たちから幅広い支持がある石田次男を会長に、青年部から支持を得ていた池田大作を理事長に就任させる新体制でスタートすることを決定したが、池田がこの決定に反発。学会を割ると恫喝し決定が一時凍結された。

そして会長就任直前の1960年3月、池田が突如戸田会長の遺言を持ち出し会長に就任した。しかし、「池田の頭の中は金儲けや私心しかない」と戸田会長自身から批判されていたことや(戸田から)私心を持たず性格を改めるよう諭された人間が創価学会の後事を託されものかという疑念・疑惑から池田会長就任に反対する幹部や会員15万世帯ほどが脱会した。

さらには戸田幾枝をはじめとした戸田一家、北条浩4代目会長の未亡人、理事の石田次男、藤原行正、そして池田大作会長就任の立役者原島宏治[75]までが後年、池田を批判し創価学会から決別した。

戸田幾枝は後年、文藝春秋の取材に「戸田会長の遺言は無かった」と答え「池田は(創価学会を金の力でのっとったから)罰を受けた」と証言するなど過去の軋轢を示唆している。

また、1981年、池田大作が1979年に会長職を辞任した際、北条をはじめとする創価学会幹部達に創価学会の財産は池田家の所有であるという誓約書に署名させていた情報を自由民主党が入手、池田の参考人招致を画策、公明党は竹入義勝委員長、大久保直彦国対委員長が自民党の金丸信国対委員長と会談。池田への参考人招致を見送ることを条件に「日米安保存続」と「自衛隊の条件付合憲」に政策を転換した経緯がある

個人資産疑惑

「行政調査新聞」によれば、池田大作は1兆円の資産を「個人資産」としてスイス銀行に預けていたが2001年、スイス銀行が諸事情により「個人名義の預金」を一切扱わなくなってしまったためニューヨークの銀行に6000億円、ブラジルの銀行に4000億円と振り分けられたとされる。

しかし「行政調査新聞」以外ではこの説は述べられていない。 それとは別に1977年5月には国会において池田の豪華専用施設等について調査し、質問する旨を知らせる手紙が届くなど個人資産に対する疑惑がある

財務(お布施)に関する疑惑

池田は会長就任後の1962年、聖教新聞上で創価学会としては、永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしませんと答えた。

しかしその後、年に1回行われる「財務」と呼ばれる寄付と、新年勤行会などの主要行事の際に各会館で集められる「広布基金」という2つの寄付が行われるよう会則を改正した。

創価学会で 本部壮年長や教学部教授を務めた元幹部は 「昔は選ばれた限られた人だけしか財務のできる財務部員(応布部員)になれなかった。今のように何でも金、金、金、になってしまったのは、池田が会長に就任後の1965年に行った大石寺の正本堂建立御供養という資金集めで、学会は目標の10倍以上の355億円を集めたことに味をしめたことが原因。

また、第一次宗門戦争の直後の1980年頃から、財務に拍車がかかり機関紙聖教新聞の「寸鉄」や創価新報上において地区部長は少なくとも十万円以上をすべきである。そうしない幹部は個人指導せよ。

現在持っている預貯金全部を出すのは当たり前だ。それにどれ程上乗せするかが信心の戦いだ。各支部で十万円以上出す人を二十人以上作れ。 一口、二口しか出さない人は信心がない証拠だ。

支部内で百万円以上の大口を何人作るかが、支部長、婦人部長の戦いだ。
個人指導、家庭指導で三口以下の財務部員がいないようにする。
などと財務を煽っていた実態がある。

関係する人物や団体による称賛

安倍晋太郎 1958年、大石寺の大講堂完成記念の祝典に岸信介の代理で安倍晋太郎が出席して以来、何度も面会したという。「きれいな心で学会のこと、世界のことなど私と話し合うことを楽しみにして下さったようである」と池田は述べている。

冬柴鐵三(公明党元幹事長、国土交通大臣):「人生で最も影響を受けた人物」「あらゆる面で影響を受けた」。

遠藤乙彦(元外交官、公明党所属の国会議員):「人生に関するどんなことでも相談して、教えを受けられる先生」、「池田先生の思想・仏教に基づいた教えに耳を傾ければ、もっと(世界の)問題が解決していくでしょう」。

批判

田中角栄(元首相、自民党幹事長経験者):秘書の早坂茂三によれば「池田大作はしなやかな鋼だ。煮ても焼いても食えない。公明党は法華さんの太鼓を叩くヒトラーユーゲントだ」。

ポーリー・トインビー(アーノルド・J・トインビーの孫娘):「池田氏のように、絶対的権力者の雰囲気をにじみ出させた人物と会ったことはありませんでした。」。

石原慎太郎:1999年東京都知事選挙を直前に控えた時期に、池田大作に対する人物評価を尋ねたアンケートに「一言で表現すれば、『悪しき天才、巨大な俗物』。」『週刊文春』 平成11年3月25日号。

ニコラエ・チャウシェスク:Jurnalul National(ルーマニア国営新聞)で池田を絶対的な権力を持っているよう他人へ見せかけるだけで強きものには諂い、弱きものには傲慢な態度で臨む小悪党だと批判。

後藤忠政:富士宮市の百条委員会を潰すよう池田からくれぐれもよろしくと依頼されたがいざ事が終わるとトカゲの尻尾を切るように一切関係ないと突っぱねられた経緯から。池田は国のためではなく自分の私利私欲のため政治や警察を動かし、用がなくなれば切り捨てる。それが(池田や創価学会)の本質だろう

批判する立場になったまたは袂を分けた元幹部

藤原行正(元創価学会幹部)自著にて池田大作を批判、「香典泥棒」の噂は池田大作が元凶と著書で批判
龍年光(元創価学会幹部・元公明政治連盟書記長・元公明党東京都議会議員)
原島嵩(元創価学会教学部長)
山崎正友(元創価学会副理事長・元顧問弁護士)
竹入義勝(公明党元委員長)
矢野絢也(公明党元委員長)
福島源次郎(元創価学会副会長)
石田次男(元公明党参議院議員)
大橋敏雄(元公明党衆議院議員)
戸田幾(創価学会二代目会長戸田城聖夫人)
桑原春蔵(元公明党大田区区議、創価学会副会長)「池田が政治権力を握って天下を取るといった姿勢は、もはや信仰者ではない。信仰を利用した魔物」
後呂雅巳(元創価学会壮年部長)
山口隆司(元創価学会幹部)「池田大作の名誉欲達成のために、大変な資産と人生の半分を費やしたのが腹だたしい」
鈴木広子(元創価学会幹部)
細谷健範(元創価学会幹部)

エピソード

評論家・高瀬広居のインタビューにおいて、自らを「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」と豪語したという。

1969年、『月刊宝石』紙上での「話せるなァ、会長は!」と題する青島幸男との対談において、「もし、それだけの理由と力があって、しかも誰にも迷惑をかけないという場合には、一夫一婦制の枠外の行為でも私は男性として認めます。」と述べた。

池田の女性スキャンダルを書いた『月刊ペン』を告訴した裁判の中で、最高裁の裁判長はこの発言に言及し、「学会幹部の男女問題に疑惑を感じていた者らにとってはやはりそうであったかと思わせる素地につながっていることも否定し難いのである。」と述べた。(最高裁判所 第一法廷1981年4月16日)

2005年6月、韓国の『東亜日報』(2005年6月18日付)が「小沢一郎自民党幹事長(当時)の要請で、海部俊樹首相が韓国の盧泰愚大統領に池田大作との会見を依頼する親書を送った」と報じた。

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