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          創価学会員さんの知らないこと

日蓮正宗の教義に背反した創価学会

あれは、平成2年、1月頃のことでした。   当時はまだ、日蓮正宗と創価学会は、ともに広宣流布の、実現に向け協調して信心していました。 人類の、平和社会の理想である、広宣流布の実現には、法華経に説かれた、令法久住・広宣流布の、姿が必要不可欠です。

  ○日蓮正宗の出家僧侶が、まじめに、正直に本門戒壇の大御本尊を守り、日蓮大聖人の正しい仏法を、正しくありのまま、未来に伝えていくこと。

  ○創価学会などの、在家信徒が、純粋な信心を行ない、生活に即した、信仰活動を通じて、広く社会に貢献し、折伏を推進していくこと。

  つまり「僧俗一致・異体同心という、広宣流布の、大前提を守りながら、おだやかに、信心をしていた時代です。

 さて、1月といえば、総本山大石寺は、年間を通して、もっとも寒さ厳しい季節です。 とくに、その日は、西高東低の冬型で、大石寺周辺では、夕方頃から、強い北風が吹いていました。   夜も更けて、日が変わった午前2時、本門大客殿の雲板が、厳かに鳴り響き、間もなく、丑寅勤行が開始されることを、大石寺の宿坊に宿泊していた、多くの創価学会員さんに知らせました。

丑寅勤行とは、大石寺において、毎朝丑寅の時刻、午前2時から4時に行なわれる、五座の早朝勤行のことで、日蓮正宗では、重要な意義をもつ法要です。

  大石寺を開創した、第二祖、日興上人は、第三祖、日目上人への相伝書のなかで 大石寺は、御堂と云ひ、墓所と云ひ、日目、之を管領し、修理を加へ、勤行を致して、広宣流布を待つべきなり。 と遺言されました。この中に出てくる「勤行とは、この「丑寅勤行のことです。

丑寅勤行では、丑寅の時刻という、1日のうちで、もっとも静寂で、空気も澄み切った時刻に、世界中の人々を、成仏へと導く 仏法僧の三宝尊へ、深く感謝の祈りを捧げ、同時に、日蓮大聖人の遺命であり、人類究極の願いである、広宣流布による、世界平和を祈念されます。

  第二祖、日興上人が、大石寺を開創されて以来、日蓮大聖人の仏法を、守り伝えられる、歴代の御法主上人は、この伝統を、固く守って来られました。

大石寺では、開創以来、七百年以上にわたり、一日も欠かさず、丑寅勤行が修されてきました。

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昔、創価学会、第二代、戸田城聖会長は、太平洋戦争等の影響で、疲弊した、創価学会組織を、立て直すにあたり、大石寺に安置されている、 本門戒壇の、大御本尊への信仰が、世界中すべての宗教・信仰の根源をなすものであり、末法唯一の、大正法であるとの、深い信心に立ち返りました。

そして、すべての創価学会員に、大御本尊の功徳を、得せしめるため、大石寺への、団体登山会を開始しました。 その結果、大石寺へ参詣した、一人ひとりの学会員さんが、多くの功徳をいただくとともに、創価学会組織も、日本最大の信仰組織にまで、大きく成長することができたのです。 その原動力は、すべて、大御本尊よりいただいた、功徳であることは、疑う余地もありません。

  このように、大石寺への参詣は、本門戒壇の大御本尊の、御開扉を受けることにありますが、、なかでも、外国や国内の、遠隔地から、大石寺へ参詣した学会員さんが、大石寺に宿泊する際、 楽しみでもあり、心から願ってきたことが「丑寅勤行への参列でした。

 日蓮大聖人は御書に 三世の諸仏の成道は、ねうしのをわり、とらのきざみの成道なり。仏法の住処は、鬼門の方に三国ともにたつなり と示されています。

この意味は、   過去・現在・未来にわたって、出現する、あらゆる仏様が、その尊い仏となられたのは、皆、午前2時から午前4時の、丑寅の時刻なのです。 また、仏法が正しく持たれるのも、鬼門、丑寅の方角であると、インド・中国・日本でも言われています。 ですから、仏教では、丑寅というのは、大変重要なものなのです。

  喧噪や雑音もなく、空気も澄み渡り、厳粛な信心を奮い起こさせる、あのすばらしい丑寅勤行。 学会員さんたちは当時、丑寅勤行に参列して、広宣流布の成就、悩みの解決や、家族の幸せを、 御法主上人猊下の、尊い御声に会わせて、読経・唱題しながら、心からご祈念したものでした。

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さて、お話を、平成2年1月の大石寺へと、戻しましょう。

  午前2時30分、出仕太鼓が高らかに鳴り響くなか、御法主日顕上人が、大客殿にお出ましになり、丑寅勤行がはじまりました。   大石寺では「一夜番」といって、数名の僧侶が、毎晩「寝ずの番を、交代で務め、大御本尊や、日蓮大聖人の御書をはじめとする、 大石寺の重宝、境内の建物を、火災などから守るため、見回りをするしきたりになっています。

丑寅勤行がはじまったので、大客殿を見回っていた、一夜番僧侶が、別の建物へ移ろうとした時、大客殿前広場の、暗闇の中に、 たくさんの人影を発見しました。 人数は、そぅ、20人以上はいたはずです。

みな地方から参詣して、大石寺宿坊や、民宿等に宿泊していた、学会員さんでした。 北風が、容赦なく吹きすさび、体感気温は、氷点下といったなか、 ガタガタ震えながら、建物の隙間から聞こえてくる、読経の声にあわせて、一生懸命勤行をしていました。

 「あれ? おかしいな」  一夜番僧侶が、大客殿の大広間に、戻って見てみると、200~300人が、参列していましたが、まだ収容には余裕があります。 彼は、創価学会の警備担当者に、連絡をとりました。

  大広間に入れるのに、それが分からない方が外にいるようです。   、すると警備関係者はいいました。   外にいるのは学会員です。 彼らは、民宿などに泊まっている、フリーの登山者で、前もって、丑寅勤行への参加を、申し込んでいなかったようです。

  えっ? 丑寅勤行は、日蓮正宗の信徒であれば、学会員さんでも、法華講員さんでも、自由に参加できるはずですが… 詳しいことは分からないので、創価学会の、輸送責任者に伝えておきます。   その後、何の知らせもないまま、時間だけが過ぎていきました。 一夜番僧侶も、自分の勝手な判断で、外にいる学会員さんを、中に入れることもできず、丑寅勤行は終わってしまいました。

  翌日、一夜番僧侶は、担当の上司に報告しました。 その報告は、さらに上へと伝わり、ついに、日顕上人の、お耳に入ることになりました。   後日分かったことですが、創価学会では、学会独自で作った、ルールにのっとり、丑寅勤行の参加人数を、決めていたようなのです。 学会が、人数制限をしていたことは、大石寺は、まったく知りませんでした。

  それからしばらくして、日顕上人と、池田大作名誉会長が、面談する機会がありました。

その際、日顕上人から池田氏に対して、丑寅勤行の参加について、宿泊している学会員の何パーセント、 というような制限をするのではなく、参加を希望する、学会員さんには、自由に出させてあげたらどうですか? そのかわり、参加したい人がいなければ、学会員さんの参列が、ゼロでも構いません、とお話をされました。   真夜中に、極寒の外で、立ったまま、勤行に参加するなど、気の毒で仕方がない、と、学会員さんの信心を、尊く思われた、日顕上人のお言葉でした。

  ところが、こうした何の問題もないような、普通の話が、学会内部には、どのように伝わったと思いますか?   池田先生が、日顕上人に呼び出され、『丑寅勤行に参加する、学会員が少ない。もっと増やせ』と怒鳴られた」 と、なってしまったのです。

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一事が万事。

平成3年以降、学会員さんが、学会の会合で耳にしてる、日蓮正宗の悪口、日顕上人の悪口の、ほとんどは、 まったくの事実無根か、このように、内容がスリ替えられた、話ばかりなのです。   こうした誤った情報や誤認、デマや中傷が、激しくなるにつれ、創価学会は、日蓮正宗や、 大石寺を攻撃する、集団へと、変わってしまいました。

そしてついに平成3年2月頃になると、 創価学会では、日蓮正宗の寺院に、願い出ることなく、葬儀や法事を、独自で行なうようになりました。   もはや、日蓮正宗は必要ないことを、威圧的な行動で示したのです。、   実際、破門通告された直後の、秋谷栄之助、第5代会長は、破門された日は、精神の独立記念日である、 などといって、日蓮正宗から破門されたことを、歓迎する談話を、聖教新聞に発表していたほどです。

  このように、一般の学会員さんが、知らないところで、様々な問題が発生し、結果として創価学会は、日蓮正宗から破門されてしまいました。 誠に残念で仕方ありません。

  なお、創価学会が、日蓮正宗から破門された、理由の、公式見解は、以下の通りです。

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創価学会設立の目的とは?

創価学会は、日蓮正宗の信徒であった、牧口常三郎氏が、中心となって、教育者信徒が、集まり、昭和五年十一月に、創価教育学会として、創立されました。     その後、日蓮正宗の、信徒団体となり、昭和二十一年三月、牧口氏のあとを受けた戸田城聖氏が、創価学会と名称を改めて再建しました。     第二代戸田会長は、創価学会が宗教法人を取得するに際して、宗門に対し、
   

一、折伏した人は信徒として、日蓮正宗の各寺院に所属させること

   

二、当山(日蓮正宗大石寺の教義を守ること

   

三、三宝(仏・法・僧を守ること

の、三原則を守ると約束しました。そして、東京都知事より、宗教法人の認証を受けたのです。

この時の創価学会規則には この法人(創価学会)は、日蓮大聖人御建立の、本門戒壇の大御本尊を本尊とし、日蓮正宗の教義に基づき とあり、総本山大石寺に厳護する、本門戒壇の大御本尊を、信仰の根本とし、日蓮正宗の教義に基づいて、信仰する団体であることが、明記されていました。 これが、創価学会設立の目的です。

            創価学会の本来の使命

牧口 常三郎氏

大善生活が、いかにして吾々の如きものに、百発百中の法則として、実証されるに到ったか。 それには、仏教の極意たる妙法の、日蓮正宗大石寺にのみ、正しく伝はる唯一の秘法があることを 知らねばならぬ

      

戸田 城聖氏

日蓮大聖人様から六百余年、法灯連綿と正しくつづいた宗教が日蓮正宗である   私たちは無知な人々をみちびく車屋である。 迷っている人があれば、車に乗せて、大御本尊様の御もとへ案内していくのが、学会の唯一の使命である

池田 大作第三代会長

わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。 したがって、私どもは、大御本尊様にお仕え申し上げ、御法主上人猊下に御奉公申し上げることが、学会の根本精神であると信じます。

日蓮正宗の教義に背反した創価学会

平成二年以降、創価学会は本来の、使命と目的から大きく逸脱して、御法主上人および、日蓮正宗を、 あらゆる手段を用いて攻撃し、本宗伝統の血脈相伝による下種仏法、化儀化法、信仰にも著しく背反したのです。

日蓮正宗は、創価学会に対して、再三にわたり教導しましたが、創価学会はこれを無視し、一片の反省懺悔もないまま、ますます誹謗・攻撃を加えたため、 平成3年11月に日蓮正宗から破門されました。

これによって創価学会は、日蓮大聖人の仏法から離れ、日蓮正宗の信徒団体ではなくなってしまいました。 したがって、正法の血脈も、流れ通わなくなり、御本尊の功徳も顕れなくなったのです。 このような創価学会に所属するかぎり、成仏は絶対にできません。 自身や家族の成仏のため、人生に悔いを残さないためにも、日蓮正宗寺院に詣でて、僧侶の話を聞き、一日も早く日蓮正宗信徒となって、清々しく総本山大石寺に登山いたしましょう。


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