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創価学会の言う大聖人直結は大謗法の戯言

創価学会の誑惑


創価学会は、相も変わらず、性懲りもなく、「創価学会は、創立以来80年、日蓮大聖人直結、御書根本で広宣流布の闘争を貫いてきた」 (1月20日付創価新報)と吹聴し、何も知らない末端会員を誑惑している。

しかし、これは全くのデタラメ、戯言である。

そもそも、創価学会初代会長牧口常三郎は東京・常在寺法華講員の三谷素啓氏に折伏されて日蓮正宗へ入信した。

当時の、御当職は第60世日開上人である。つまり、創価学会の起こりそのものが「大聖人直結」などではなく、時の御法主上人に信伏随従した純真な法華講員の折伏教化によるのである。

理の推すところ、歴代の御法主上人を否定することは、そのまま創価学会の発端をも否定する愚かな所業である。

牧口氏らの信仰


かって牧口氏は、「大膳生活がいかにして吾々の如きものに百発百中の法則として実証されるに至ったのか。それには、仏教の極意たる妙法の日蓮正宗大石寺にのみ正しく伝はる唯一の秘法がある事を知らねばならぬ」(大善生活実証録)と述べている。

さらに、牧口氏に続いて創価学会会長となった戸田城聖氏も、「御法主上人は唯受一人、64代のあいだを、私どもに、もったいなくも師匠として大聖人様そのままの御内証を伝えておられるのです。ですから、御法主上人猊下をとおして大御本尊を拝しますれば、必ず功徳がでてくる」(戸田城聖全集4-399頁)と指導している。

つまり、創価学会はこの純粋なる信仰により、唯受一人の血脈を尊信してきたのである。

池田大作の大矛盾


これら創価学会の原点ともいうべき信仰の上から、池田大作も、かっては、「法水写瓶の血脈相承にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つも無益であり、功徳はない」(公布と人生を語る8-228頁)と正論を述べていた。

これらのどこに「大聖人直結」だの「御書根本」などの思想がうかがえようか。むしろ「御法主上人猊下をとおして大御本尊を拝」するとは「大聖人直結」を完全に否定している。

にもかかわらず、この事実をひた隠し、今や「大聖人直結」などと宣揚して、これが創価学会創立以来の精神であるかのごとく偽っている。まさに、歴史の改ざん、会員への欺罔である。

創価学会は、特に平成3年の破門処分以降、自らを正当化せんと血脈の尊厳を貶めてきた。その目的を果たすため「大聖人直結」なる言葉を用いたのであるが、それはそのまま、これまでの指導と大きく矛盾する結果となった。この大矛盾こそ創価学会の変節と謗法を如実に示して余りある。

無間地獄に堕ち候


そもそも、日蓮正宗には、古来「大聖人直結」なる思想は存在しない。このことは、牧口、戸田氏の指導にも明白である。

一方、成り上がり者が、「大聖人の直弟子」と名乗ったことは、日興上人が「末の弟子どもがこれ(私)は聖人の直の御弟子と申すやから多く候」(佐渡国法華講衆御返事・歴代法主全書)と教示されるところからも拝される。

しかして、「これが大謗法にて候」(同)と、日興上人は厳しく戒められている。

要するに、創価学会の「大聖人直結」なる思想は、謗法の者がいつも用いる手法、言わば使い古しの詭弁に過ぎない。こんな陳腐な戯言を信じ込まされる会員は、まことに哀れである。

そればかりか、日興上人は師弟子の関係を乱すことについて、「無間地獄におち候」(同)と喝破されている。時の御法主上人を蔑ろにして「大聖人直結」などと言い繕う創価学会は、まさに堕地獄、疑いない。

そうとは知らず、得意げに「大聖人直結」と言い張る創価学会に対して、正しい筋目を示すことが破邪顕正であり我らの慈悲行なのである。

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